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ふるさと雑感

けんぼうの夢想話
山想えば 人恋し  番外編

嘉門次小屋で岩手の玉田さんよりいただいた47年前のドラマです


昔は山男だった 
伊奈かっぺい
別冊山と渓谷1993年1月2日発行

記憶をたどると、私は二十歳。なんと二十五年も前の話。
入社して一年目の秋だ。入社してからも定休日を利用して、
せいぜい一泊ぐらいの山歩きは続けていたが、
ここいらあたりでドンと一発 ─ 。
山歩きを始めた頃から、一度は登ってみたいと思っていた槍ヶ岳、穂高岳、
いわゆる北アルプスの縦走を思いたった。
会社の上司に一週間の休暇を申し込む。
いわく、いまだかって、入社一年目の新入社員が一週間もの休みをくれと申し出た前例はない。
当然、一週間もの休みを取らせたという前例もない。
前例がないというなら、私がその前例なろうじゃありませんか……。
若さゆえの強引さだったのだろう。二、三のやり取りで私は 前例 を勝ち取った。
青森から寝台特急に乗り、上野。上野から新宿。松本から松本電鉄で新島々、
バスで上高地。
あこがれの河童橋から槍・穂高は顔を見せてくれるだろうか。
河童橋から槍は見えるんだっけ……。
山のガイドブックを買い集めて計画書を作りあげた。
気軽なひとり歩きだ。天候がおもわしくなければ、ただの観光客になればいい。
ウエストン広場を歩き、田代池、大正池を愛で、傘をさして徳沢あたり。どっかに
氷壁 の文字でも探してみよう、だ。
予定通りに上高地に入り。
嘉門次小屋で、思わぬ奴に会った。
高校の山岳部の一年後輩T君だ。今は神奈川にある大学にいるという。
卒業してからは年賀状すらやりとりしていないT君だ。
なんで、こんなところに、どうしてお前がここにいる、
で大いに盛りあがったのはいうまでもない。
聞けば、彼も一人、槍・穂高をぶらついてみようとやってきたのだそうだ。
幸い翌日は天候もよし。一人歩きの二人が一緒になって槍ヶ岳を目指した。
思わぬ道連れを得て、山男 あるまじき馬鹿っ話をしながら、
徳沢、横尾、一ノ俣、その夜は槍沢ロッジだろうか。
槍ヶ岳の真下といっていいだろうか、槍ヶ岳山荘。
売店の前に陣取ったふたりは、金ダライにあたためられている日本酒のワンカップを
一本、二本、もう一本と飲み干し、
その夜の槍ヶ岳山荘在庫の日本酒をすべてカラにした。
お客サンたちは、どちらから?
ふたりとも元々は弘前だ。
弘前というと、あの青森県の弘前で? 
そうだ。
どおりでお酒がお強よくて、と半ばあきれ顔の山荘人。
決めは寝袋の中でのウイスキー。
翌日は多少ふらつきながらも、槍ヶ岳に登り、大喰岳、中岳、南岳……。
北穂、奥穂、前穂……。山を歩いたというよりは、小屋での酒盛り合戦。
ようやく、ふり出しの嘉門次小屋についた時、ふたりの身体はほとんど奈良漬けの態。
念願の槍穂歩いて来たんだから、今夜は祝杯……。
あくまでも、こりないふたりだった。
酒がまわって、ちょいと声高になった頃、
見れば、こんな在り様が本物の山男、と言わんばかり山男が一人。
どちらからです?
お一人ですか?
あしたの登りですか?
お帰りですか?
ごいっしょに飲みませんかね?
聞けば一人。名古屋から。我々とは少しズレたコースで歩き明日は帰るという。
では、まず一杯……。じゃ明日は同じコースで上野まで。
けっこうですなあ、と最後の夜は三人で盛りあがる。
うむ。本物風の山男も、お近づきになれば、ほとんどコッチと一緒だ。
宿酔いのまま目覚めた嘉門次小屋の朝。昨夜の酒の勢いが残っている三人。
どうです?バス乗って、電車もよいけれど、三人揃って乗りゃ、
タクシーで帰るという手もありますが?
けっこうですなあ、タクシー。しかし、どうせ一台のタクシーに乗るなら、
三人よりも四人の方がひとり当たりの負担は軽い。
どうせ、もうひとり探すなら、男より女の方が気分はいい。
意見は合った。しかし、さすがにスカートはいてハイヒールの女性には声掛けにくい。
バス停あたりに一人の女性。服装と靴から判断して山歩きの女性に間違いない。
どちらまでですか?
コレコレの事情で、三人、松本までタクシーで行こうと思っているんですが、
ご一緒にいかがでしょう。
同じ山歩きの仲間だと思ってくれたのか知らないが、タクシーの相乗りの件は引き受けてもらえた。彼女を交えて四人は、タクシーの中で改めて自己紹介のようなやりとりをしたが、
その後は当然のごとく、質問はすべて彼女に向けられた。
途中から、にわかに男三人の口数が減っていった。
彼女の名前はM子さん。栃木県のある学校で事務職員をしているという。
M子さんのお兄さんは山が大好きで、何度も槍ヶ岳や、穂高連峰を歩いていたという。
数年前、そのお兄さんが槍ヶ岳の頂上付近で、ベルトのバックルに落雷を受けて死亡してしまったのだそうだ。両親は高齢で、とても兄が死亡したという槍ヶ岳へ登れないし、
自分だって山歩きは素人で、その場所には行けそうにはないし、行ったこともない。
せめて一年に一度ぐらいは、こうして上高地を散策して、
兄の供養の真似事をしているつもりです……。
三人の男から、もう酒の気は消えていた。
お兄さんが死亡した、だいたいの場所は人づてに聞いて知ってはいるのか?
よし、来年は登ろう。
来年は、一緒に槍ヶ岳に登ろう。
連れて行ってくれる人がいるなら、私も一度は兄の死んだ場所に行ってみたい……。
話はまとまった。来年の秋、必ず四人で槍ヶ岳に登ろう。
約束は九月。日付は四人で、それぞれメモをとった。
その日は、夕方六時をめどに、中日新聞上高地支局の前で会おう。
そして上野で四人は別れた。栃木へ、神奈川へ、名古屋へ、青森へ。

その後の一年。それぞれ一度ぐらいの手紙のやり取りはあっただろうが、
ほとんど連絡は無かったといっていいだろう。
約束の日に向けて私は青森を出た。
みんな、忘れてはいないだろうか、果たして約束通りに集まるだろうか……。
まずは新宿駅のホームで神奈川のT君と会った。
覚えてたか?       忘れるもんか?
とりあえずふたりは揃った。
上高地はすでに薄暗くなっていた。
約束の中日新聞上高地支局に近づいた時、向こうから呼ぶ声が聞こえた。
名古屋のIサンだ。
よく覚えてたね。     忘れるもんか。
それにしても、よく覚えていたもんだ。
三人がそれぞれ、彼女のお兄さんが好きだったというサントリーレッドの大ビンを背負っていた。名古屋と神奈川と青森で買ったウイスキーが上高地に集まった。
次のバスも、次のバスにも、彼女は姿を見せなかった。
バスが来るたびに三人はバス停に走った。
約束を忘れたのだろうか。
はじめから男三人を信用していなかったのだろうか。
日付を間違ったのだろうか。
その夜は、嘉門次小屋で 神奈川のウイスキー が空になった
翌日、彼女を待たずに三人は出発した。途中の小屋で 青森のウイスキー が空になった。
槍ヶ岳。標高三一八〇メートル。
名古屋のウイスキー が山頂からばらまかれた。
三人は、彼女と彼女の御両親の代わりに山頂で手を合わせた。
そして落雷に遭った現場と思われる場所から数個の小さな石を持って、山を降りた。
再び嘉門次小屋。
彼女から伝言が入っていた。
学校の行事とぶつかり、どうしてもいけなかった。申し訳ない─と。
伝言にあった彼女の家に電話をいれる。
ちゃんと登ったぞ。ちゃんとウイスキー飲んでもらったぞ……。
彼女は電話口で泣いていた。
翌日、男三人は栃木の彼女の家を訪ねた。
仏壇に槍ヶ岳の小石を供え、再び手を合わせた。
ご両親も彼女も、ずっと泣いていた。

あれから二十五年だ。
名古屋の伊藤さんは、今は仙台にいるらしいと、弘前に帰って郵便局長をしている、
かつて神奈川の玉田君から聞いた。
栃木県黒磯市の雅子さんについては、もう何もわからない。
元気だろうか─。

昔は山男だった。この原稿を書きながら、気持ち、今も山男だ。
他人にとっては、ただの青くさい思いで話だろうが、
四人は確かに上高地に、いた。


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番外編2
南さつまのかつての山男3人

1972年10月

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by minnamiya | 2015-10-13 09:17 | Comments(0)  

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