ふるさと雑感

けんぼうの夢想話

千両役者

毎年秋になると行きたいところがある 紅葉の涸沢である

最近テレビで日本百名山の番組とか ○○の絶景 とかの番組を目にするが

秋の紅葉シーズンになると 紅葉の名所として涸沢もよくでてくる

そして涸沢だけでなくもうひとつ

涸沢の上にある北穂高岳の山頂にある北穂の小屋である 
そこでうまい酒を飲みたくなるのだ

3100mにある日本一の酒場である


その日本一の酒場に学生時代の友人とやって来た

涸沢を午前5時に出て奥穂高岳 涸沢岳を経て北穂高岳の頂へ午後1時ごろについた
あしかけ8時間の行程である

山頂は雲の中おまけに風も強い こういう時は小屋の中でのんびりするしかない

テレビもラジオもないので夕食まで寝ていることにした

2時間ほどウトウトしただろうか 夕食(5時半)前になり まわりが騒々しいので どうかしたのかと思っていたら

友人が 槍が見えるという

槍が見える! それならと 布団から起きだして小屋の前のテラスに出ていった

すでに数人が手に手にカメラを構えている

槍ヶ岳のほうを見ると 槍ヶ岳はまだ雲の中だが

西の空にぽっかりと穴が空き 青空が見え そこから夕日が射している

しばらくすると槍ヶ岳にかかっている薄絹のような雲が

谷からの風に吹き上げられ だんだんと切れだした

そして槍の頂が少し見えてきたら 隣にいた栃木から来たという元気なお兄さんの

でろでろ と掛け声の大きいこと

さすがの槍ヶ岳もその声に圧倒されたのか 頂だけで なかなか姿を見せてくれない

その頂もすぐに湧き上がる雲にかくれた

しばらくして また頂が出てきたかと思うと すぐ雲にかくれる

今度は足元が少し見えたかと思うと すぐ足元から湧き上がる雲にかくれる

そのたびにお兄さんの掛け声が大きくなる でたでた とか でろでろ とか

寅さんの映画にありそうな ドタバタ芝居のような騒ぎである

風が強く寒いなか待つこと10数分 やっと気を揉ませる雲の妖艶なショーが終り

槍ヶ岳が姿をあらわした

全身に夕日を浴び 穂先がすくっと天空を指している 一分の隙もない

いよー まってました と声をかけたくなる


その晩は日本一の酒場で栃木の元気なお兄さんといっしょになった

お兄さんがテーブルに出したのは お手製の梅酒と 自分で作ったという大きなピーナツを茹でたものだった 3100mの頂で大きなピーナツに出会うとは!

つい1週間前地元の十五夜の綱引き会場で 焼酎のつまみに 珍しいものがあると

でてきたのが 茹でた大きなピーナツで それがたいへんうまかった
またお目にかかるとは 面白いものである

それにしても自分で作った酒とつまみを 3100mの頂まで持って上がり

味わう酔狂な人がいるとは ……

酒の方もビールからお兄さんの梅酒 そして最後は芋焼酎のお湯割りとなり

もう一杯と 閉店近い時間まで とりとめのない山の話で盛り上がった


すっかりいい気持になり このぶんなら明日もモルゲンロートの槍ヶ岳が拝めると期待して寝たのだが

そんなにうまくいくはずがない 明け方屋根をたたく雨音で目が覚めた

思わず 雨かぁ という言葉が口からでた

雨となれば怪我のないように慎重に下りるだけである

雨が強くならない前にと 合羽を着こみ小屋を早めに出た

岩尾根を友人が先に行き 私があとから慎重に下りていく

年がいくと登るより 下りるほうがやっかいになってくる

日本百名山踏破に あと吾妻山一つという山の猛者の友人だが

この数年膝が悪く 両手に杖(ストック)を突いている

私も彼にまねて ストックを使うようになったが まだ2回目であり 上手くいかない

雨の岩場は滑りやすく 途中鎖場や長い鉄梯子もあり 気をつかい体力も消耗する

そして日頃の鍛錬が足りないようで 下りるうち次第に太ももが麻痺して

力がいらなくなってきた 下りのなんでもない所で転ぶこと2,3回 
友人にかなり遅れ 這う這うの体でなんとか横尾にたどりつく

横尾までくると雨も止み 合羽を脱ぎベンチでいっぷくし一息ついた

この先は上高地まで転ぶような下りもなく ひたすら歩くだけである


黄や紅に紅葉したダケカンバ
カツラ カエデに彩られ

砂糖を焦がしたようなカツラの黄葉の甘い匂いのする梓川添いの道を

友人と前後して黙々と歩く

ここまで来ると 山の上とは違い 張りつめていたものも緩み

歩きながら口数も多くなり 今回の山行や あの頃のことなどを

あーだった こーだったといいながら 軽口も出てくる

それにしてもこの道は あの頃から変わってはいない

行きかう人も相変わらず多い 我々シルバー組から若者まで 
そして外国の人々までいろいろである
ときたまヘルメットをリックの上にのせた若い娘さんの一人、二人組にも行きかう

我々の頃はまだ山男の時代だった

山登りに対する考え方が変わったということだろうか

人はなぜ山になぜ登るのか この素朴なことを先に行く友人に訊いてみたくなったが

後姿が まだまだ より高く といっているようで

あまりにもバカバカしいのでやめた

頭のなかを あの湧き立つ雲と槍ヶ岳 をはじめ

いろいろな情景が次から次へ駆け巡っていく

そして疲れ切った身体に 終わったという大きな安堵感と充足感があり

その一番真ん中にあるのは 彼と46年ぶりに この道を歩いているということだった



d0230507_10121588.jpg


d0230507_10125296.jpg


d0230507_10132651.jpg


d0230507_10111833.jpg


d0230507_10102294.jpg


d0230507_10142095.jpg


d0230507_10073044.jpg


[PR]

by minnamiya | 2017-10-29 10:16 | ふるさと雑感 | Comments(0)  

<< 秋告げ鳥 吹上浜の鳥 >>