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カテゴリ:ふるさと雑感( 65 )

 

ふるさと雑感

けんぼうの夢想話

             

わ が 町

 
 先日熊本にいる友人に相談事があり 熊本に行くことになった

南さつまの地から熊本に行くとなれば ほとんどの人が

高速道路を使い車で行くか 鹿児島に出て新幹線で行くかどっちかである
その日は時間もあり のんびりと車窓からの景色を楽しみ 昼は駅弁に 
ビールを飲みながら行くのもわるくないな と 
かつての鹿児島本線で行くことにした 

朝10時ごろ加世田駅からバスに乗り伊集院へ そこから電車で川内へ

そして肥薩オレンジ鉄道に乗り換えしばらく行くと
東シナ海を望む海岸線を走るようになる
まずその辺りで駅弁とビールをと思っていたが 
川内のホームには 駅弁どころかビールすらない

2両編成の電車には 数えるほどの乗客しか乗っておらず
これではと思いながらも 諦めきれず

阿久根 出水 水俣でビールはとさがすけど 売店もない
そうこうしているうちに肥後田ノ浦を過ぎ 不知火海を望む海岸線に出た 
車窓いっぱいに海が広がり すぐ下まで海が迫る 
海に突き出た小さな岬など 海の中を行くようで

車窓からの絶景ベストテンという番組があれば 

必ず上位にランクされるであろう

そこら辺りで絶景を見ながら タコの燻製をつまみに
角の水割りを楽しむつもりでいたが 

タコも水割りも どこにもない

あとは あの特急はやぶさの食堂車に座り ビフテキにビールをと・・・
かなわぬ夢で遊ぶしかなかった 


日奈久を過ぎ球磨川を渡ると八代である 

八代に来ると車窓の景色が変わる 
見渡す限り田んぼが広がり 田んぼのあちこちに 
瓦屋根の豪壮な家が 

鹿児島ではまず見られない景色である
熊本と鹿児島 お隣どうしだが 歴史風土がかなり違うようだ

その晩相談事が終われば ネオンの輝くところで 
もう一人熊本にいる友人も加わり 酒席を囲みそうなきがしたので

酒席に合う肥後と薩摩についての話を 二つ三つ仕入れていった

車窓に広がる果てしなく青々とした水田を目にすると 

あらためて肥後は 持てる国であったことを実感する
その豊かさゆえ 古代から豪族が群雄割拠して 治め難い地であったという

肥後もっこす というが 一徹で頑固で自分の意見を貫き通す 

一人一党のことをいう

そしてもうひとつ 肥後の鍬形に 薩摩の大提灯

これも肥後の国と薩摩の国の なりたちに由来する言葉であろうか

そんなことを考えながら 4時前に熊本に着いた 

相談事の方は早々と切り上げ まだネオンもついていない熊本の町へ
まずビールで軽くのどを潤し 2軒めへ そこでもう一人の友人とおちあう

彼らは人生の4分の3近く熊本に住み 自分なりの城を構えており

すでに熊本人である しゃべる言葉の端々にそれが出る

まず鹿児島人を歓迎してか 城のことが出てくる もちろん熊本城である

3年前熊本地震のあと 見舞いがてら熊本を訪ねた

彼らが熊本の町を 熊本城を 水前寺公園を案内してくれた

地震直後であり つめ跡がなまなましかったが 

今回は目にすることはなかった

ただ熊本城に大きなクレーンが聳えていたということは

まだまだ時間がかかるということだろう

酒がすすむうちに しぜん熊本城の話となった 
一日でも早く元の姿に戻ってもらいたいとの想いが 二人の会話から伝わってくる
その支援に本人たちはもちろん 子供たちまで志を出し協力したという

そこには熊本人として当然なことで 俺たちが支えているという自負さえ感じられる

城を持たない鹿児島人としては じっと黙って聞いているだけである

熊本城は豊臣政権以来 薩摩の武力を押し込めるための 巨大な石蓋で

江戸幕府にとっても 明治維新政府にとってもそうであった

薩摩からみれば 中央政権の象徴であり 最も目障りな 目の上のたんこぶであった

川畑小学校でいっしょに机を並べた彼らが 熊本城 清正公 そして銀台公を語れば

熊本人としての誇りが感じられ すでに立派な 肥後もっこす になっている

面白いものである


あくる日も急いで帰る必要もなく 来た道をのんびりと帰ることにした

午前中熊本城界隈を歩き 昼ごろ電車に乗った

八代までは広々とした田園の中 八代を過ぎると山々が迫った海岸を縫い 水俣 
そして肥後と薩摩を分かつ山並がそびえ 向こうは薩摩の国である

出水 川内 伊集院 そこからバスで1時間あまり

わが町ははるかなり



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by minnamiya | 2019-07-02 11:32 | ふるさと雑感 | Comments(0)  

ふるさと雑感

けんぼうの夢想話

       
         ほととぎす

 
 今日から6月早いものだ 我が家の庭も紫陽花が咲きだし

梅雨の季節になろうとしている

この半月いつもと違うと思ったことが二つほどあった

夏は来ぬ という歌の中の 卯の花とほととぎすである

庭に卯の花が3本あり 連休を過ぎ5月の中ごろから

溢れんばかりの花が咲くのだが 今年は数えるだけで
あっという間に散ってしまった 

そして卯の花に合わせて ほととぎすがうるさいほど鳴き叫ぶものだが

10日ほど前の明け方 遠慮がちに遠くで鳴くのを聞いて以来
耳にしていない やつと今朝鳴くのを聞いた

卯の花は私の開花後の剪定が悪かったのかもしれないが 

ほととぎすはどうしたのだろうか

令和になりこの国がいやになったのだろうか

しかしほととぎすが今年は全国的に少ないという報道もない 

すると我が家のまわり 南さつまだけのことだろうか

不思議なことがあるものだ

チコちゃんに聞くしかないのだろうかと思ったが

まてよ ひょっとしたら あれのせいかと 閃いた

先週の土曜日5月25日 いにしえホールで 昭和40年卒 加世田中学校同窓会
古希の祝い があったからだということか

歌や踊りの熱気がムンムンと満ち溢れ 近寄り難く

シルバーパワーに敬意を表して遠慮したのだろう
きっと それに違いない 
納得。






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紫陽花 ダンスパーティ
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紫陽花 アナベル
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by minnamiya | 2019-06-01 11:15 | ふるさと雑感 | Comments(0)  

ふるさと雑感

けんぼうの夢想話


       平成のビーナス


 今日は4月29日 昭和でいうと天皇誕生日である 

ゴールデンウィーク真最中で 今年は10連休などと騒いでいる

そして平成も明日までだ 5月から令和という元号が始まる

時代が移るということである

私も昭和 平成を経て令和と 古希の年を迎えている

この年になると 新しい命とか 希望を感じるものに惹かれるのは 

私だけではないと思う

孫の誕生 成長はもちろんそうだが 

梅や桜 若葉 鳥のさえずり 空行く雲などに 

生きる意味を重ね 喜びを見つけるということである

人は星霜を経て老いるとともに 生き物として 自然に近くなり

優しくなるのかもしれない


60
年ほど前になるが 加世田の町の映画館で 
いつか来た道 という映画を見た

盲目のバイオリン少年を バイオリンニスト和浪孝禧が演じ

山本富士子とウイーン少年合唱団が出演した映画であった

富士山をバックに 満開の桃の花のなかを
バスが登っていくシーンが印象的で
今でも覚えている

そしてもう一つ この映画で白血病という病気を初めて知った

それから半世紀以上 平成が終わるこの2月の中頃 

私が 平成のビーナス と思っていた娘さんが 

白血病だと大きく報じられた 

ほとんどの人が うそ! なぜ の言葉しかなかっただろう

それほど突然で 思いもかけないことであった

昨年信州の茅野で 縄文のビーナスという土偶を見て 

人々が古代から 女神(ビーナス)に寄せる思いを知った

縄文のビーナスはお尻が大きく 胸とおなかが出っ張った

女性を安産型にデフォルメし 家族 子孫繁栄を祈ったものである 

平成のビーナスは すらりとした手足の長い 今の娘さんである

美しく鍛えられた肉体で 誰よりも早く泳ぎ 

泳ぐたびに記録を塗り替え 

プールから上がり 手を振りながら応える 笑顔がなんともいい

そして次はと 人々に大きな夢と希望をもたらす

まさに現代のビーナスである


そんななか どこかの国のオオオミが 呆れた発言をして

お辞めになったが 辞めれば一件落着というものではない 

そしてもうひとつ その辞めたオオオミの上のお方が 
新元号の発表会にしゃしゃり出て

耳に心地よい言葉をならべ 己の手柄のような話ぶりに 

うんざりとし 思わずテレビを蹴ったくりそうになった

話さねばならないことは 他にあるようだが

いやはや である

この手のお裁きは 石坂浩二ではどこか頼りなく 東野英冶郎の黄門様か 

果ては藤田まことの中村主水にお願いするしかないのだろうか


季節の巡りは早いものだ 

いつもの散歩道も 桜が終り つつじの花になった

子供の日も近いというのに この里の鯉のぼりは一本だけである

我が家の庭にも 孫たちが そして平成のビーナスが

令和の世を元気よく泳いでいくように 鯉のぼりを揚げないと


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by minnamiya | 2019-04-28 13:45 | ふるさと雑感 | Comments(0)  

ふるさと雑感

けんぼうの夢想話

    
        上野で花見


 舞敷野の公民館での花見が終り あくる日の木曜日
夕方から孫たちに会いに東京へ出て行った 
気軽に行き来できるようになったのは 飛行機代が
安くなったおかげである
あの特急はやぶさ 急行霧島のころは 二日がかりで 
まさに旅行であったが
今は ちょっと東京まで という感じである

そして土曜日 息子夫婦は仕事で 孫達も保育園に行き

夕方まですることがなく 上野の博物館へ 東寺展
見に行くことにした

駅から文化会館の前を通り 博物館へ行く途中
満開の桜が目に飛び込んできた

おぅ すごい 花見ができる!

今年の桜情報では 東京が鹿児島より1週間ほど早く
もう葉桜だと思い 桜のことは頭になかった

ラッキー! と気がはやる

まずその前に東寺展へ 

平成館の展示室に 一月前東寺の講堂で見た仏像達が鎮座していた 

薄暗い講堂とは違い 一体毎にライトアップされ バランスよく置かれた

国宝11体と重文4体の仏像が並ぶ様は圧巻で

まさに仏像曼荼羅であった 
さすが我が国を代表する博物館である

その余韻が残るなか 次はさくら通りの方へ 

満開の桜の下を歩く ぞろぞろと行きかう人で身動きが取れない

両側にはブルーシートを敷き花見客が そして木立のなかも一杯である 

時より桜吹雪の舞う中 みんな思い思いに桜を楽しんでいる

これが上野の花見か! 凄い人出である

ここで花見をやりたいものだが 何の準備もしていない

どうしよう ~  
こういう機会は滅多にあるものではないと! 

売店で花見弁当と缶ビールを買い 恵美さんと花見をすることになった

どこかいい場所はないかと探すけど どこも一杯である

かろうじて観音堂近くの 大きな木の下に 座る場所を見つけた

隣に先客がおり 息子の歳ぐらいのカップルで 中国の方々のようだ

木の根っこに腰かけ 弁当の寿司をつまみながらビールを飲む

そこは桜の眺めはいいのだが 座り心地がもう一つである

目の前の階段を 花見客がぞろぞろと上り下りする

花見客も老若男女 髪の色も 黒 白 茶 グレイ ブロンドと

様々である 半数以上が海外の方のようだ 

上り下りする人達を 何処の国の人だろうかと 思いながら眺めていたら

恵美さんが小さい声で「 見て 見てお隣さんは三越の弁当よ」というので

見ると 大きな白木の折りに 握り寿司がびっしりと 

トロ ウニ イクラも  特上の握りのようだ

おまけにメロン マンゴーのデザートまでついている

我が方は 稲荷 鉄火巻 河童巻きの コンビニ弁当である

花見の弁当に 今の中国の勢いを見るようで
思わず苦笑いをしてしまった

さすがにシャブリのワインまではでてこなかったが

寿司がトロであれ 河童巻きであれ 青空の下 桜を観ながら

寿司をつまみに酒を飲む 旨い! これが花見である

缶ビール1本ですっかりいい気持になり このまま帰ると桜に申し訳ないようで

次は西郷どんの前のテーブルに移り 酎ハイでの飲み直しである

そこも一杯である 前には同じ年代ぐらいのオジサンのグループ

後ろからはお姉さん方の世間話が聞こえてくる

左のテーブルも 右のテーブルも 缶ビールを片手にワイワイとやっている

桜の花のなせるわざであろうか

年に一度は 青空と桜の下での 命の洗濯も必要である

恵美さんととりとめなく話がはずみ 楽しい時間が流れる


ここに来ると思い出すことがある 

9年前 東京同窓会の打ち合わせを表参道で行った翌日

お上りさん数人で 浅草 上野 銀座の東京のお決まりの
コースを巡っているとき 

秋男さんが 西郷どん の横のベンチに 大金とカード入りの

バッグを置き忘れ 銀座から慌てて取りに戻ったことがあった

その時の秋男さんの マリ子から怒られる との
うろたえようは 今でもよく覚えている

その間我々は銀座ライオンで ビールを飲みながら待つこと1時間 

秋男さんと貞則が無事バッグを手にして戻ってきた

それを見て 幸ちゃんが 「 おっ取られんごっ  せごどんが

番をしちょってくれたたっが 」 とひやかす

そして貞則が「 失っせたと思って  マリちゃんに

三越でネックレスを買って帰らんと 」 と茶々をいれる

そこからまたビールの飲みが盛り上がり もう一杯 またもう一杯 

その次は汐留の超高層ビルの最上階でワインを 

最後は幸ちゃんがよく行く新橋の 北海道○○という居酒屋で

イクラ ウニを肴に芋焼酎まで飲んだ

もう幸ちゃんに半年も会っていない 元気だろうか
来年は幸ちゃんを誘って 上野で花見をやりたいものだ




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by minnamiya | 2019-04-13 16:48 | ふるさと雑感 | Comments(0)  

ふるさと雑感

けんぼうの夢想話


           床 屋 さ ん

 
 月日の経つのは早いもので ついこの前までお水取りかと思っていたら 

もう花見の時期になってしまった

みんなみ屋も4月3日水曜日に舞敷野の公民館で
例年のように花見をすることになった 

2、3日前 恵美さんから髪がアインシュタインのようだと

そして花見にはお嬢さん方も来るんでしょう よかにせにせんと! 
と小言までいわれたので しぶしぶ散髪に行くことにした

床屋さんは それぞれ行きつけがあるもので 

これまで60年ほど通っていた川畑の床屋さんが 3年前になくなり

それから町中の床屋さんにいくようになった

川畑の床屋さんは ラジオから加賀美幸子の声が流れ

一人でのんびりと 世間話をしながら チョキチョキやっていたが

町中の床屋さんは数人のスタッフでの流れ作業である

マネキン人形のようにじっとしておれば あっという間に終わってしまう

私みたいな人間にはいいが 口から先に生まれたような貞則には

物足りないのではないだろうか

床屋さんも時代とともに変わるものである

まぁ~なんであれ 床屋さんで顔に蒸しタオルをして

横になる時ほど気持ちのいいものはない ついうとうととしてしまう

この1週間 オホーツク街道 という本を読んでいたので

うとうとしながら 網走の ババーショップ のことを想った

100年以上前のことである 流氷にびっしりと囲まれた極寒の地

赤々と燃えているストーブの上で 鉄瓶がちんちんと音を立てている 

寒風吹き込む粗末な小屋で 客の髪を切りながら 

米村喜男衛はどんな話をしていたのだろうか

モヨロ貝塚のことだろうか オホーツク人のことだろうか
しばし夢の中に~


昨年の夏蓼科の友人宅にお世話になったおり

信濃大町で電車に乗ってきた登山帰りのグループが

黒部はアイヌ語で 魔の川の意味 ガルペッ からきたらしいことを話していた

黒部がアイヌ語 ?  信州にアイヌ人がいたのかと不思議に思った

そしてあくる日 友人夫妻が茅野の尖石縄文考古館に案内してくれた 
そこで縄文のビーナスをはじめ 縄文の世界にふれ 
出土品の数と物の見事さに驚いた

私のそれまでの縄文の知識は 石器と土器のかけらが並ぶ

白黒の色あせた写真のようなもので それもピンボケしていた

目の前に広がる縄文の世界は 最新の4Kテレビの映像以上に
鮮やかで豊かなものであった
今から4,5千年前 諏訪の地に
こんな豊かな世界があったことを初めて知った

そして友人の奥さん真理子さんから 

諏訪はアイヌ語の窪地 沼 湖 を表す言葉からきているらしいと聞き

黒部 諏訪 縄文とアイヌ語の関係が おぼろげながら繋がった

アイヌ文化の始まりは123世紀鎌倉の頃からだという

縄文人(狩猟採集)が弥生人(稲作)に同化せず

北海道で最後まで残ったのがアイヌ人ということのようだ

この国では太古から 縄文人 弥生人 オホーツク人 アイヌ人の 
何千年に渡る壮大な物語りがあり 昭和 平成 令和に至っている 

その過去という無限の世界の物語りの上に 我々が乗かっていると思うと

少しだけ気持ちが広くなり 未来がそのぶんだけ豊かになるようなきがする


今年も桜の季節がやってきた 縄文のビーナスも 卑弥呼も アイヌの娘さんも
うっすらと染まる山肌に 巡りくる春を感じ
どこか ソワソワウキウキ していたことだろう




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by minnamiya | 2019-03-31 13:03 | ふるさと雑感 | Comments(0)  

ふるさと雑感

けんぼうの夢想話


          室生詣で

 
 大阪ドームの関西ファンデーの翌々日
正明 貞則を誘って

前から行きたいと思っていた 女人高野といわれる室生寺に行った

二人とも城陽という奈良寄りの京都の地に住んでいるが 

室生寺は初めてだという

室生詣では小雪が舞うような日がいいと思っていたが

その日はあいにくのいい天気である

古来室生の地は桃源郷といわれている と何かで読んだことがあり

その雰囲気を味わいたくて 室生大野口から歩いて行くことにした

磨崖仏を見ながら川沿いを歩く しばらくすると歩道のある広い道に出た 

味気ない何処でもある今の道である 

これが桃源郷への道かと やや興ざめしながら歩くと 

東海自然歩道という案内標識に 室生寺まで6.2Kmとあり 

迷うことなくそこからは自然歩道を歩くことにした

杉木立の中 沢沿いの道を行く

しばらく行くと石ころまじりの山道になった 

さらにいくと登り道になり 敷石を敷き詰め歩きやすいのだが

勾配がだんだんと急になってくる

登るにつれ山道に慣れていない正明が根をあげだした

年に23回は山に登っている私だが 予想もしていなかった山登りに

少々面喰ってしまった

それに比べ貞則は元気なもので 山の斜面を駆け上がったり 

沢の石の上を跳んだりと 

さすが竹屋ヶ尾の山中で鍛えた舞敷野の韋駄天 貞則 である

どこで見つけてきたのか 朴の木の大きな葉を 私たちに見せびらかす

30cm以上ありそうな大きな葉である

自然歩道を1時間以上歩いただろうか だんだんと空が広くなってくる 

峠が近いらしい 

そこから貞則が先を見てくると駆け出す あっという間に姿が見えなくなった

峠に近づくにつれ 勾配がますます急になる 

正明も私も最後のひと頑張りである 

やっと峠に着く 貞則はとっくに下っていったようで影形もない

その日は時間がたっぷりとあり 正明とゆっくりと下って行く 

視界が開けたところに来ると やっと室生の里らしきものが見えた

貞則はとさがすと はるか下の橋の欄干に腰かけ 日向ぼっこしながら 

我々に手をふっている


そこから室生の家々の小道を下り 太鼓橋を渡り そして境内の階段を登る 

1時間ほどかかっただろうか 這う這うの体でなんとか奥の院にたどり着いた

奥の院の回廊に座り一息つきながら 室生の里をながめる

室生寺の創建は平安の初め 約1200年前のことである

奈良京都の町中にある大寺とちがい 山裾の木立のなかにひっそりとたたずみ

小ぶりで品のいい伽藍と 温もりのある仏たちが迎えてくれた

平安から鎌倉 ~ 昭和 平成と 女人高野といわれるだけに 

何千何万という老若男女が詣でてきたことだろう

その願いの一つ一つを聴いてみたくなるが ……


今回大阪に来る前の日 甥が嫁さんになる娘さんといっしょに訪ねてきた 

甥は32歳だが 入籍したあと 3月で今の会社を退職し

インドの大学院で1年半ほど経営の勉強をするという

また夕べは学生時代の友人と居酒屋で 1年ぶりに酒を酌み交わしたが

娘さんがドイツの大学に留学しているという 

そして今晩奈良の町で いっしょに飲む予定の定夫の息子2人も

カナダとドイツで働いているという


しばしいろんなことを思いながら
ぼ~っ としていたら

下の方から大きな音が聞こえてくる せっかくの眺めがだいなしである

正明が河川工事の音だという 杉木立越しに黄色い重機がしきりに動いている

年度末ではあるが 室生の地には似合わない 迷惑なことだ

それを察した貞則が ユンボに(株)外園組と書いてあるぞと……………。
     
       越えくれば 小さき春に 五重塔 (健) 




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番外 雪の五重塔
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番外 舞敷野の韋駄天 貞則
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by minnamiya | 2019-03-19 10:25 | ふるさと雑感 | Comments(0)  

ふるさと雑感

けんぼうの夢想話


           青いレモン

 
 11月の最終の日曜日 私の住んでいる川畑校区の文化祭が

小学校の体育館であった

10数年前から 地域を元気にしようと 校区の文化祭と

小学校の学習発表会(学芸会)をいっしょにするようになった

始めた頃は出演者も多く 私の所属する商工クラブも

バザーと寸劇の役割を担っていたが 10年ほど過ぎたころ 

バザーがなくなり 文化祭から遠のいてしまった

今年は川畑小学校が創立140周年ということで

花を添えようと 商工クラブも踊りで参加することになった

踊りは明治維新150年 そして大河ドラマ せごどん にちなんで 

かつて西郷輝彦が歌っていた青年おはら節である 

当初はメンバー男6人と踊りの先生・アッちゃんと7人で踊る予定だったが 

2.3回練習するうちに いつのまにか劇仕立てとなり 

私の女房とキヨタカさんの奥さん・マユミさん2人が 

露払い役で出ることになった


当日体育館の舞台の下の倉庫で 舞台衣装に着替える 

黒いタイツといいたいところだが ジヤージに 黄色い派手な法被 

それに紅い帯をまき 頭には菅傘 手には鳴子

それだけで雰囲気が出てくる 馬子にも衣装とよく言ったものだ

出番まで少し時間があったので 子供たちがどんなことをするのか見てみたくなり

舞台の袖に上がって行った 

カーテンの隙間から見ると 器楽演奏 マーチングバンドらしい 

20数名いるだろうか 低学年を除いて全員参加のようだ
帽子にオレンジのスカーフ おっ きまっている

演奏が始まる 迫力のある音が響く 太鼓が小気味よいリズムを刻み 
将来はアート・ブレーキ―かエルビン・ジョーンズかと

思うほど上手いものであった

その演奏中 小太鼓の4年生ぐらいの男の子が 私にきづき 

おかしな格好をした爺ちゃんが見ていると 私を見てにたっと笑った

どこの子か知らないが こらっ よそ見をするな!と思わず口に出る

それにしても我々の頃の カスタネット タンバリン トライアングル

木琴 バンドとは大違いである

子供たちのマーチングバンドの後が いよいよ我々の出番で

幕が開き 露払い役の二人が出て行く ふたことみことの掛け合いがあり

その後が踊りである 舞台に出ると会場の視線を感じ しばし緊張する 

会場を見ると 思っていたより観客が多い

簡単な踊りではあるが 2.3回の練習で上手に踊れるものではなく 

アッちゃん先生を横目で見ながら 3分あまり四苦八苦しながら踊る

やっと終わった ホッとする  


その晩はお決まりの反省会(のんかた)である

踊りに参加したメンバー全員が 公民館で鍋を囲みながらワイワイやる

ビールが旨い 終わったという安堵感と少しの達成感がみんなを包む

酔いが回るにつれ 話がはずみ 
踊りの先生・アッちゃんが 「あたいが4年の時じゃった 
80周年の祝えが講堂であって みんなで遊戯をしたが 
見てが多かって 講堂に入りきれんばっかいじゃった」 

するとキヨタカさんが 「アッちゃんが4年なら おいは5年 マユミが1年生か

たしかナゲドン(長井菓子店)の紅白のモシコ(型菓子)をもろたきがすっ
マユミは覚えちょらんか?」
マユミさんが「学校へ入ったばっかいで よく覚えちょらん」と首を横に振る

キヨタカさんとマユミさんは夫婦で 

家は唐仁原病院の下の 道路を挟んで上下であった

いわゆる4ツ違いの幼なじみで 青いレモンの味がする間柄である

そんな二人が60年後 孫といえる子供たちの前で踊りをするとは
面白いものである
二人とももう青いレモンとはいえず ダイダイになってしまったが
………

とりとめの話が続き 楽しい晩が更けていく


私のまわりの他愛もないことだが
マスコミを賑わしている 世界をまたにかけた 

数十億円のゴーンさんと比べたら

なんと ささやかな はなしであろうか


   ダイダイも 青い時あり 秋深し  (健)




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by minnamiya | 2018-12-12 20:17 | ふるさと雑感 | Comments(0)  

ふるさと雑感

けんぼうの夢想話

秋深し

秋も深まる頃 文化通りの吉祥で 来年5月に予定している古希同窓会の

集まりがあった 

その集まりに幸ちゃんを誘ったのだが 他に用事があったようで顔を見せなかった

先月の20日過ぎ 京都から正ちゃんが来たおり 
同級生数人でテーブルを囲んだ時は 幸ちゃんも鹿児島からやってきて 
席に座るなり生ビールを2杯旨そうに飲んだ

昨年の冬 足の怪我で入院していらい ほっそりとなり覇気がなかったが 

だいぶ顔色もよくなり 腹回りも元にもどったようだ

ビールを飲みながら幸ちゃんが 「最近出っとが面倒くさして 

引きこもりになってしもた」 と苦笑いをしながらいった

誰かが 「ないをしちょとよ?」 というと 

「スマホとテレビを見ちょとよ」 と幸ちゃん

それを聞いて 「幸三! 外に出らんと 惚くっど」 とみんながちゃちゃを入れる

たしかに惚けてもおかしくない年になった

幸ちゃんは足の怪我で 外に出て行くのが億劫になり 怠け者になったのだろう

怪我をする前は 耳にイヤホン 手にスマホを持ちながら 

リュック姿でさっそうと現れるものだった

それを見てデジタル男が来たとひやかしながら 先端のデジタル機器を使いこなしている幸ちゃんを羨ましく思うものだった

カウンターでお遍路さんや熊野古道をかたったり 

今日は甲子園 明日は諏訪湖 明後日は東京と

駆け巡っていた幸ちゃんに戻るのは もう少し時間がかかるようだ


その幸ちゃんをデジタル男とひやかしていた私だが

最近は幸ちゃん以上にデジタル男になってしまった

ウォークマン イヤホンはもとより スマホに音楽をダウンロードして

舌をかむようなBluetoothという便利なもので スピーカーを持ち歩き

庭の草取りや 野良仕事をしながら聴いている

いってみれば朝から晩まで音楽三昧といっていい 

三昧といえば聞こえはいいが たんなる ~ ながらということである

聴くのも耳障りにならない軽いものばかりで 

たまに酒が進むと 美空ひばりを聴いている

スマホひとつで何千何万の曲を 

いつでもどこでも スィッチを押せば聴ける 便利な時代である

それにくらべ私が音楽(洋楽)に興味を持ち始めた頃は ラジオしかなかった 

大方の人が中学校を卒業するころから 背伸びするもので 

音楽においてもそうである

私もそれまでの 城山すずめ ロッテ歌のアルバムから 洋楽の方を聴くようになり 
NHKの第二放送で 日曜日の午後3時から 「真珠貝の歌」がテーマ曲の 
リクエストコーナー というポピュラー音楽の番組があり 

毎週 日曜日が待ち遠しいものだった

その他にも 音楽の泉 ユアーヒットパレード 東芝ヤングヤングヤング 

音楽夜話 夢のハーモニー ………と挙げればきりがない

まだFM放送がないので 音楽番組も少なく そして音も悪い 

とくに夜になると あちゃらの放送と混信して 聞き取りにくくなるが 

それでも深夜の1~2時まで聞くものだった
いつでもどこでも何でも聴ける ということは便利で贅沢なことだが

一つ一つが薄っぺらになってしまう

音楽を愉しむ時間をもつためには あの頃のような青さをなくしてはならないようだ


今日は日曜日 小春日和のいい天気である 

ひなたぼっこをしながら ウトウトしていると

幸ちゃんのお遍路姿がでてきたり

どこからか真珠貝の歌が流れてきそうな気がする



     菜の花や 遍路姿の 二三人 
(
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by minnamiya | 2018-11-15 21:55 | ふるさと雑感 | Comments(0)  

ふるさと雑感


けんぼうの夢想話

山男のうた

 還暦を過ぎてから年に1~ 2回中央の山に登ることを愉しみとしてきた

当初は古希あたりまでと思っていたが 古希が近づくにつれ もう少しあと5年 

親父の歳(75)まで登ろうと欲がでてきた

私が山登りを始めたのは 50年前 ドクトルマンボウ青春記 の表紙の常念岳を見たことがきっかけで その常念岳に初めて登ることにした

人はなぜ山に登るのか 人それぞれである

テレビでよく目にする百名山に幾つ登ったかと 数値にすれば明解ではあるが

私は 山がそこにあるから というそっちの方だ

いずれにせよ難儀して登れば 頂上にはすばらしい眺めがまっている 

小屋を夜明けとともに発ち 常念岳をめざす 

夜明けの薄明りのなかに長々と登山路が続いている

風が冷たい 調子がでるまで時間がかかる 一歩一歩登る

すると いつものことであるが お前も 馬鹿なことをしている

さっさっと止めて帰ろうや と誘惑の声が………

誘惑の声を振り切りながら 登ること一時間余り 

やっと頂上へ

朝日の中に北アルプスの峰々が 槍ヶ岳が はるか遠くに富士山が

ゆっくりと愉しみたいところだが 先が長いので 蝶ヶ岳へ急ぐ

常念岳から蝶ヶ岳は槍穂高の大展望台で 槍穂高を独り占めして歩く

山歩きの極みである

そのなかにもアップダウンの繰り返しがあり やばいところも

なんとか5時間余りで 蝶ヶ岳の山頂へ

右手には穂先が天を鋭く指している槍ヶ岳 目の前には穂高の大岩峰

何の言葉もいらない こうべがたれる


そして蝶ヶ岳から上高地まで5時間余り 

それまでの5時間と 足取りが重い やっと西糸屋山荘へ

山を降りて一番の楽しみはダレヤメである ビールからワインそして焼酎

さぁー今夜もと いさんで食堂にいくと すでに賑やかな声が

私の席は独りで宿泊している客どうしのテーブルである

私の前には友人の娘さんによく似た髪の長い感じのいいお嬢さん

その横には文化通りのスナックのママによく似たポチャポチャとしたお嬢さん

その隣がアンジェラ亜紀に似た アメリカかヨーロッパからのお嬢さん

私の横にはパリジェンヌといえそうな 栗色の髪と碧い目のかわいいお嬢さん

妙齢のお嬢さん方と席を同じくすることなど初めてである

少し緊張しながら まずビールを一杯 旨い

疲れがスーッと取れ 酔いが回る

少しいい気持になり 前の友人の娘さんによく似たお嬢さんに

山登り? とはなしかけると 困惑したようで 手で分りませんという仕草をした

どうやらよその国の人のようだ

まずかったかなと思いながら またビールを飲む

しばらくしたら文化通りのママさんに似たお嬢さんが隣のアンジェラ亜紀さんに

話しかけた この人もよその国の人のようだ

何を話しているのかさっぱりである

すると隣のパリジェンヌも話に加わった

ところどころ ヤケダケ タカヤマ ツマゴ マゴメ 

どうやらこれから行く旅の話のようだ

友達どうしのように楽しそうに話をしている 

その中に加わりたいが 何を言っているのかさっぱりである

そのうちに友人の娘さんに似たお嬢さんが 向こうのテーブルにいた

ブロンドの2歳ぐらいの男の子を連れた夫婦に話しかけた 顔見知りのようだ

飛び交う言葉は英語か フランス語か イタリア語か

ポカーンとして聞いているだけである

もう信州ワインどころではなくなり 早々に部屋に引き上げた

その晩は山に登った感慨など吹き飛び 

テーブルの片隅でぽつーんとしている 己の姿を思うと落ち込んでしまった 

もう地球人としてスタンダードではないようだ

寝るのもいつもより早いが 夢の中で 

若いころから山と酒にうつつをぬかしていたからだと

親父にいわれそうでなかなか眠れない


この夏縄文のビーナスに会い 私どもの御先祖様はどこから? 

ということに興味を持つようになった

その手の本を読むと 先に住んでいた縄文のビーナスを作った人々と 

その後大陸朝鮮半島からと 中国南部 そして南の島々からの 

ボートピープル達の混血のようだ
かつて この国は単一民族とか 神の国といった人々がいたが
歴史は高い視点から 理にかなった見方が必要だ

我々はもう賞味期限切れ近くになっているが

これからの子供 孫達は 地球人のスタンダードとして逞しく生きてもらいたいものだ

あくる朝ロビーで 友人の娘さんに似たお嬢さんが 

たどたどしく ありがとうございました と笑顔で挨拶をしてくれた




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by minnamiya | 2018-10-20 13:18 | ふるさと雑感 | Comments(0)  

ふるさと雑感

けんぼうの夢想話

夜空の星

 
 その晩もいつものように寝音楽をしながら床についた

最初のうちは流れる音に耳を傾けていたが そのうち夢のなかに


 闇のなかを幽かな灯りに照らされて誰かやってくる 下半身がばかでかく

それにおなかも大きく突きでている どうやら女の人のようだ 

歩いてくるというよりスゥーという感じで近づいてきた

目を凝らして見ると 可笑しもぜっ 娘さんである

どこかで見たような?  

あっ! ビーナス

そう私は縄文のビーナスでございます

先日あなた様が私どもを訪ねていただき そのお礼にお伺いいたしました

私どもは 諏訪のくに に関心を持たれた人には 

夢の中ですが必ずお礼にお伺いしています 


 7月の末蓼科の友人宅に一晩お世話になったあくる日

友人夫妻から茅野市尖石縄文考古館に案内された

縄文考古館? 

諏訪は縄文の宝庫だという

南さつまにも栫ノ原遺跡をはじめ幾つかの縄文遺跡があるが

あまり身近なものではなく 正面から考えたことはなかった

資料館も石器や土器のかけらが並んでいるだけの退屈なものと思っていたが 

尖石縄文考古館に入り それまで持っていた縄文のイメージが吹き飛んだ 

主に祭祀に使われたという大小の甕 壺 皿が

装飾の施されたものからシンプルなものまで数多く並んでおり

そのどれもが芸術品と呼べるような見事なものである

そして国宝の土偶 縄文のビーナスと仮面の女神 があった


 まだあの時の昂ぶりが残っており ビーナスに諏訪のくに について訊いてみた

ビーナスは

私を作った人々は 陽が昇れば起き森や川や湖にでかけ 

陽が沈むと寝るという毎日でした

そんな暮らしですが 粗末な小屋で火を囲みながら家族の団欒もあったし 

季節ごとに村の祭りもありました

もちろん学校 宿題 会社はありませんので のんびりと暮らしていました

楽しみといえば 夏になると

零れるほどの満天の星が夜空を覆い その中に天の川が 流れ星が

諏訪湖の花火大会以上の眺めだと思います

あなた様のお友達ヒロシ様が文化通りのバカンスでよく歌われる 夜空の星 

あの歌の世界を想像していただいたらよろしいかと思います 

私はものいわぬ人形ですが 生身の娘さんならきっとドキドキとして眺めたことでしょう


そして諏訪のくに の人々がどうなったかということですか


私は長い間土のなかで眠っていましたのでよくわかりませんが

私が作られたのが4~5千年前 それから2千年ぐらい過ぎた頃
西の方から米を食べる人達がやって来て

あっという間に諏訪のくにもその人達に呑みこまれていったようです

私が土の中から目覚めたのが 今から約30年ほど前ですから

その間にはいろんなことがあったのでしょう ……………

何か思っているようで しばらく言葉がなかった

そして気を取り直すかのように

あなた様のなかにも 諏訪のくにの血が流れているのではないでしょうか

よく信州の山に登るということはそういうことかと思います

先日初めてあなた様にお会いしましたが これも何かの縁というものでしょうか

娑婆って 面白いものですね

またいらしてください 今度はあなた様が備前といったあの器に 

諏訪のくにの晴れの日の御馳走を盛り おもてなししますわ 

そしてヤマブドウのお酒もありますので 私がお酌をしてさしあげます

そういいながら 吊り上った細い目でウインクすると消えてしまった


 盆も近いというのに朝早くよりクマゼミのうるさいこと

縄文のビーナスがお酌をしてくれるとは!

また行かなければ      忙しいことだ!

そういえば今日は我が家のビーナスがやってくる
早く飛行場に迎えに行かないと







縄文のビーナス
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仮面の女神
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by minnamiya | 2018-08-04 13:41 | ふるさと雑感 | Comments(0)